Short story ショートストーリー。AkihisaSawada作。
マンモスを狩る Story #006
「あなた、私を愛してる?」
時刻は午前3時。
魂の時間だ。
「もちろん」
「どのぐらい愛してる?」
「いつだって最高に愛してるさ、マイ・スイート・ハート」
4月の夜の風が、すでに明かりの消えたファミリーレストランの駐車場を吹き抜ける。
開けた車の窓を通り抜ける風が、彼女の長い髪を揺らし、僕の鼻先をかすめる。
「だめよ。ちゃんと言葉にしてくれなくちゃ駄目。
言葉に出来なければ、意味なんかないも同じよ。
言葉に出来ないものは、あなた自身にとっても不明確であいまいなのよ」
彼女は揺るぎなくまっすぐな目で、僕を刺すように見つめている。
「あなたはただ私を好きだと思い込んでいるだけかも知れないでしょ。
そういうことはよくあるのよ。情に流されないで」
「いきなりなにを言い出すんだ、マイ・スイートハート。どうすりゃいいんだ?」
「言葉にして」
三十分ばかり前に食事を終えた僕らは、僕の古い中古のスバルの中で、どこへ行くともなくとりとめのない会話をしていた。
開けた窓から 微かに甘い香りのする早春の風が気持ちよかった。
「君のために、マンモスを1頭しとめてもいいぐらい好きだ」と僕は言った。
「そう。嬉しいわね。じゃあその前に、あそこにある車を盗んで来て」
「なんだって?」
「あれよ。あの赤いコンバーチブルのクーペ。私あれが好きよ」
「本気かい?」
「もちろん」
「車を盗むのは犯罪だよ」
「あなた私を愛してないの?」
僕はあきらめてため息を一つついた。そのため息はどこか場違いで、この場にふさわしくないように思えた。
ため息は、口論している夫婦の間に運悪くまぎれこんでしまった猫みたいに、しばらくそこにとどまったあと、やがて消えた。
「なあ、おかしなこと言ってないで早く帰ろう。帰って、君のスイートハートな丘を登りたい。なあ、そうしようじゃないか」
「ねえ、私、あなたに心から求められたいのよ。強く、心から強くよ。
私、あなたを本当に愛してるのよ。私という私は、全部あなたのものなのよ」
「・・・幸せだ」
「あのクーペよ」
彼女の目は涙で潤んでいた。
彼女は僕を愛していた。
『あのクーペ』という彼女の目には深い愛があり、同時に深い怒りがあり、哀しみがあった。
そしてもちろん彼女は彼女なりに、なにか深刻なトラブルを抱えていた。
深刻なトラブルを抱えた、僕だけのお姫さまだった。
「わかった」
僕はグローブボックスを開き、タイヤ交換用の使い古した手袋を引っ張りだした。
「君のために、マンモスを狩ってくるとしよう」
君のためにマンモスを、
今夜、
僕は狩る必要があるのだ。