Short story ショートストーリー。AkihisaSawada作。
マドラスチェックはお好き? Story #010
大切なのはね、スイートハート、と僕は言う。
君は裸の体にシーツを巻きつけ、
ベッドに寝転んで頬杖をついて僕を見ている 。
日曜日の朝。
七時を少し回ったところ。
「大切なのは、自分のペースで物事を進めることだ」
彼女は姿勢をかえず、さっきからじっと耳を傾けて僕を見ている。
僕に対する愛情からか、あるいは僕に対する親切心からか、我慢強さからか。
僕は続ける。大切なのは、自分のペースで物事を進めることだ。
ただ黙々と、こつこつと。
君の鼻の穴が猫みたいにぴくっと動いた。
たぶん、あくびを噛み殺したせいだろう。
僕は部屋の白い壁をにらみ、スクワットを続ける。
56回、57回・・・・
スクワットをする時、僕はいつもパンツ一つだ。
それ以外にはなにも身に着けない。
真冬でもそうだ。
パンツはマドラスチェック。
それがルールであり、僕なりの哲学と言ってもいい。
スクワットをする時には、マドラスチェックのパンツ一枚。
シンプルだが 有効な哲学だ。
それはある意味、マントラのようなものでもある
「男はね」と僕は言う。
ある一定の年齢を重ねたら、自分なりの哲学を身につけなければならない。
うん、それは気障な言い方かも知れないけど、美学のようなものだ。
そうじゃなければ、男が年をとる意味なんてほとんど何もない。
まったくのゼロだ。無だよ。そうじゃないか?
「ただ続ける事なんだ」、と僕は続ける。
降りやまない小雨のように、ただ続けること。
そして、自分なりのリズムをつかむことだ。
スイートハート、それはハードなロックなんだ。
リズムをつかまなくちゃいけない。
それはどんなことにも増して、優先すべきことだ。
あらゆる犠牲を払うべき価値がある。
そしていったんリズムをつかんだら、徐々にそのペースをあげていくことだ。
そのからその後、またペースを戻す。時にはスローダウンもする。変調もする。立ち止まることだってたまにはある。
これはポップミュージックじゃないからね。
僕は突然、ひやりとした感触を覚え、彼女を振りむく。
彼女の白くて柔らかな手が 僕のお尻をさわっている。
その手のひらの半分と、中指と小指が僕の太ももにも触れて、ひんやりとする。
「Oh!」と僕は叫ぶ。
「Oh、マイスイートハート。僕は今、真面目な話をしてるんだぜ。スクワットもしてる。あとにしてくれないか?」
「ねえ、あんたのマドラスチェック。ここ破けてるわよ」
彼女が言う場所に僕は手をあててみる。
たしかに破れている。500円玉硬貨ぐらいの穴があいている 。
なんてこった!
君はおだやかな優しい微笑みを浮かべて 僕を見つめている。
生まれて初めて海から顔を出した人魚のようだ。
美しい、と僕は思う。 僕はしばしの間その顔に見とれている。
「ねえ、もう話は終わったの?」と彼女は言う。
彼女はまだ僕のお尻をさわり、ほころびた僕の哲学とマントラに指を入れ、くるくると回している。
「プリンセス、頼むから穴を広げないでくれないか?」
「だってまだこれ履くつもりじゃないでしょ?ねえ、話は終わった?」
「そうだな・・・終わった」一瞬考えてから 僕は答える。
「じゃあ、朝食を食べて、そのあと一緒にマドラスチェック買いに行く?」